健康づくり体験談

健康づくり体験談

過去の体験談
平成26年度から平成28年度の受賞作品をご紹介いたしております。
平成28年度 受賞作品
〔最優秀賞〕運動部門
「笑いヨガ」に勝る良薬なし 栃木市 大𣘺 イヨ子様(87歳)
私は数え年88歳。毎日20分間、「笑いヨガ」をやるのがここ2年半の日課です。そのお陰で老眼鏡が不要になりました。ついに針の穴に糸を通せるようになった時、米寿の祝いの着物は自分で縫うことを決めました。そしてこの3月、念願を達成しました。
実は、毎日笑い続けた結果、私の身にはそれ以上の「奇跡」が起こっていました。もともと「笑い」は、病気の治療や予防に効果があることは見聞きしていました。でも、あまり笑わない自分には無理だと感じていました。ところが、笑いの体操とヨガの呼吸法を組み合わせた「笑いヨガ」は笑いと同じ効果があるというのですから、魅力的でした。
私は平成16年に「リウマチ性多発筋肉痛」と診断され、全身の筋肉痛と関節痛で身体の自由を奪われていました。でも何とかしたい一心で、杖にすがりながら8年間町の運動教室に通い続けました。その甲斐あってやがて痛みも和らぎ、杖無しで歩けるようになりました。それでも、足首の腫れと痛み、それに刃物で脚の骨をえぐられるような発作が残りました。それで、死ぬまでこの病気と付き合うしかないと、あきらめていました。
そんな折、平成26年5月の高齢者教室で、「毎日一人でできる笑いヨガ(笑いの体操)」を教えてもらいました。ある晩のこと、あの発作が起こりました。藁にもすがる思いで、『ホッホ、ハッハ、ホッホ、ハッハ』と笑いの体操を繰り返しました。すると不思議!…痛みが引いていったのです。笑うとモルヒネの数倍の鎮痛効果を持つホルモンが脳から分泌されるのだそうです。あまりにありがたくて『明日からは毎日欠かすことなく「笑いヨガ」を実践します!』と、思わず心に固く誓った次第です。
その後、あの激痛を伴った発作は、二度と起こりませんでした。そして、足首の腫れと痛みも取れていきました。そこで血液検査をしていただいたら数値が正常化しており、平成28年1月6日には、10年間飲み続けたステロイド薬を止めることができたのです。
また、毎日笑う体操をしているので、ムッとした時にもハハハハ!心配事があってもハハハハ!と、嫌なことは笑い飛ばす習慣が身につきました。とにかく今は毎日畑に出て、高齢者教室にもおしゃれに気をつけて出かけるなど、充実した日々です。
「笑いヨガ」を通して手にしたこの幸せは、リウマチという難病を授かったお陰と感謝しています。次の目標は、卒寿の祝いに手縫いの紫の衣装で記念写真に納まることです。何もかも良いこと尽くめで10歳くらい若返ったような気がします。私の体験談が少しでも皆様のお役に立てるようお祈りし、感謝の言葉に代えたいと思います。
Dr.前原のワンポイントチェック!
「笑いヨガ」をやることで、全身の筋肉痛と関節痛が消えていき、実際10年間飲み続けたステロイド薬も止めることができたとのこと。
そして「笑いヨガ」を通して手にした幸せは、リウマチという難病を授かったお陰と感謝しています、とのご意見は素晴らしい発想です。どうぞ今後も辛いことは笑い飛ばして卒寿のお祝いを迎えてください。
〔優秀賞〕運動部門
膝痛を感じなくなったこと 宇都宮市 武田 よし子様(82歳)
満60歳で定年退職した私は、65歳の時にウォーキング協会に入会し、富士山を登ることができました。また、あちこちのウォーキング大会に参加できて、足は強い方だと自負していましたが、75歳ぐらいから膝に痛みを感じ思うようにウォーキング会の行事に参加できなくなってしまいました。家の周囲を歩くのにも杖を使うようになり困ってしまいました。
当時、NHKの健康番組で「膝痛は足の筋肉を鍛えることしかない」と受け取りました。
毎日腹筋運動や足の上げ下げ、両足廻しなど熱心に取り組みまして、いくらか効果はあったようですが、はかばかしくありません。
そんな時、新聞記事で見た「横臥での足上げ運動」です。これだ…と思い早速に試してみました。毎夜、就寝前にふとんをマット代りにして片足100回ずつ(左右で200回)を実施しました。100という数は凄い数であることを痛感しながら、ときどきは無意味さでくじけそうになりましたが、それでも「10、20、30……50でひと休み、あと50だ、がんばれよ」と自分を励ましながら何か月が過ぎたころ杖なしで歩けるようになっていました。
あるとき散歩程度に歩いていると、「あらあ、杖つかないで歩けるようになったの、どこの医者に行ったの。」と近所の人に声かけられ自分では気付かない内に元のように歩けるようになったのだと自信がつきました。
私の体験をぜひ、多くの人に知らせたいと思い老人会の集まりのときに出た膝痛の悩みにチャンスとばかり体験を話し始めると「100回も……バカバカしい。」と言われたり「そんな…」と言わんばかりの態度を取られ、信用してくれないのかと自分を責め余計なことかと反省もしましたが「いや、人は人、自分は自分で、わかってもらえなければそれまでよ」という気分になりました。
私が膝痛で悩んでいた頃、ある知人も悩んでいましたが、その方は手術をなさいました。
運動に頼らず手術という方法もありますがそれぞれの生活パターンで何も言えません。
でも、膝痛の悩みから解放された私は、今82歳で特に医者にもかからず毎朝、元気に家のまわりを3,000歩の負荷をかけて歩いています。田園風景豊かな汚染度の低い空気を腹式呼吸(笑いヨガで教わりました)で吸って健康には自信満々で歩いています。
「足がお丈夫ですね。羨しいですよ。」と若い人に声かけられると私の健康管理は100点と言えるかな?なんてうぬぼれています。
Dr.前原のワンポイントチェック!
膝痛は足の筋肉を鍛えることとして、「横臥での足上げ運動」を毎夜、就寝前に片足100回ずつ実施したところ痛みがなくなり杖なしで歩けるようになったとの経験。良かったですね。医学的にはすべての変形性膝関節症患者さんが運動だけで治るとは言えませんが筋肉の運動は重要です。
〔優秀賞〕生きがい部門
生きがい 益子町 髙松 フミ子様(94歳)
益子町の中心より5㎞くらい東南の山里にすむ94才になるおばあさんです。
健康で暮らすのは体をよく動かす事ではないでしょうか。一番健康で居られるのは昔とちがい国の方で老人は一割と言う医療費で見てくれるやさしさが一番ではないでしょうか。有難く思って居ります。年を取ると体の動きは鈍くなりますがなるべく動かして居る方がよい様です。
私の家庭は母子二人きりです。淋しい時もあるけれど自分に授かった運命と思いくよくよしないで前向きに日を送って居ります。
朝起きれば食事から洗たく全部一人でやって、少しばかりの田んぼをつくって野菜も自家用は作って居ります。同じ年で仲よくして居た友達は皆介護の方へ行って淋しいです。
でも70~80代の人が友達になって頂き、月一度の集まりや折紙人形色々と指先を使って物作りなど楽しいですよ。
長い人生を送る中には色々とありますが、くよくよしないで前向きに月日を送って行けば健康で行ける様な気がします。
私も年を重ねて行き、まもなく95才になりますが、命あるうちはなるべく元気で明るく暮して行きたいと思って居ります。
Dr.前原のワンポイントチェック!
94歳になってもなるべく体を動かし、前向きな日々を送っていらっしゃる。食事から洗濯全部一人で行い野菜も作っている。指先を使った物作りなども楽しんでいる。どうぞ今後も元気で明るく暮らしてください。
〔佳作〕運動部門
運動 宇都宮市 内田 徹様(77歳)
私は今から4年前の9月です。右膝の手術を受けたのは。それまで主な運動はハイキングと散歩で歩くことでした。それがその年の春ごろから痛みが出始めました。それでも無理をして夏まで頑張り、8月1日男体山の登拝祭に参加することにしました。登頂はどうにか成功しましたが下山で痛みが強くなり、その後診察を受け変形性関節症と診断されて約ひと月入院しました。長い前置きとなりましたが、退院後リハビリ中に先生より今後は散歩ではなく膝に負担の少ない自転車を勧められました。そんな訳で、庭乗りから始めた自転車が今では手離すことの出来ない運動具のひとつです。天候や用事の外は続けてきました。
一日走る距離は40~50㎞で3時間位です。無理のないスピードで楽しんでおります。今年は県内の大会に宇都宮市と那須町、9月の日光市は96㎞を完走することが出来ました。大会では日頃自転車を通して知り合った人たちと顔を合せることもあり、これからも頑張ろうと気持ちを強くしました。家にいれば日中は一人で過ごすので、会話も体を動かすこともありません。そのことで一日が長く感じる日々でした。外に出る様になってからは、自然に変化する季節その景色を風を体全身で受けて感じる事が出来ます。山や川や木々、鳥や花や田畑を日々楽しみ気分転換しています。時々歌なども詠み、その感動等日記がわりに書き留める日もあります。又仲間と会い色々と情報交換して、参考になることなど取り入れたりします。新しい出会いも時々あり、人と話す機会も増えております。昼食は決めた場所はなく、その時どきの公園やグラウンド、河川敷で食べます。休日には学童野球やサッカー、テニスを遠くから観戦したりで毎日が遠足気分です。これらの行動で個々の詳しいデータはわかりませんが、一日の走行により食欲も増し心肺機能と手や足の筋力も付き、適度の疲労で夜の睡眠も熟睡する等良い効果の結果と考えております。これからもひと日ひと日大切にして一日でも長く続けることが出来ればと願っております。
なお、続けるうえで特に注意すべき点は交通事故だと考えております。車よりスピードは落ちますが対自転車や自動車と衝突の場合、生死にかかわる重大事故となりますし、加害者となることも十分あります。以上短期間で参考に成るかわかりませんが私の体験をお知らせ致します。
〔佳作〕運動部門
運動に関する健康法とその効果 宇都宮市 福田 義男様(77歳)
67歳(平成18年)で仕事を離れた。
在職中は毎年1回、職場の健康診断を受けていた。毎回どの項目も正常な範囲の数値が並んでいる。本当はありがたいことだが、検査の方法に手抜きがあるのではないかと疑ったこともある。もちろん自覚症状は何もなかった。
職場を離れて6年後(平成24年)の夏の健康診断で驚く数値が出た。血圧は140台後半。時どきめまいが起きるようになった。
耳鼻科で処方された血流を改善する薬を飲み続けたが効果がない。
6年間、ほぼ毎日パソコンを操作していた。椅子に座ること6時間。それを超える日もあった。
ある日のテレビ番組に目がとまる。健康維持には、毎日適度の運動を続けることが大切という。説得力があった。
それを聞いて、6年間、ほとんど体を動かしていないことに気付いた。体が重い。
運動の効果は数か月つづけなければ現れないという。
薬の服用で血圧を下げることは簡単のようだが、それは最後の手段と考えた。
めまいは、寒い時期に集中して多く起きている。長い時間冷気に当たり体を冷やすと直ぐに起きることがわかった。
めまい解消と血圧降下のため毎日8,000歩、歩くことにした。血圧は朝晩1日2回、記録した。半年ほど過ぎたころようやく効果が見えてきた。
現在(平成28年9月)、散歩を始めて4年になるが、めまいの兆候は全く現れていない。 
血圧は、130台を保っている。
現職中は、山歩きとスキーに多くの時間を費やしたが、離職して2年も経つと転倒の恐怖感に脅えるようになり、山仲間に惜しまれながら止めた。
離職後の楽しみは、パソコンを自由に操ることと決めていた。
命のある限り体力に応じた運動は、欠かせないようだ。雨の日が何日もつづくと散歩に出られないのでストレスがたまる。
夏の暑い日、しっかり汗を流すと冷房で冷えた体が生き返る。冬の寒い日の8,000歩は、手袋が邪魔になる。程よい疲労感を持って家にもどると、一日の大事な仕事を終えた満足感で心は満たされる。
増えた体重は現職中の数値(50キロ)に戻った。この4年間、薬は何も飲んでいない。
風邪にも見放されている。
〔佳作〕運動部門
運動法に関する健康法とその効果 宇都宮市 釜井 健蔵様(81歳)
私は現在82才で70才からはじめた卓球について話をしたいと思います。
65才で定年退職してからは家にいる時間が長くなり、時間を持て余していました。もともと庭いじりが好きだったこともあり、家の近くで畑を借りて野菜をつくり雨の日以外は世話をしに出掛けていましたが、出掛けるのは畑と日々の買い物くらいで1日で歩くのは3,000歩程でした。
70才のときに地区で65才以上の人が集まって卓球をしていることを知り、初めて参加しました。1週間に1度、休憩を入れて2時間ほどで、約10人くらいが毎回集まります。最初に柔軟体操をして年齢を考えながらけがのないように安全第一に行っていますが、年に1回大会もあるので1つの目標になり、めりはりがつきます。また、卓球で知り合った仲間と食事に行ったり、近況を話しあってストレスを発散したり、アドバイスをもらったりして元気になることも多々あります。桜の季節になると近所の公園で花見をしたり、紅葉を見に行ったり、何もないときでも、散歩に行ったりと出掛ける機会も範囲も広がりました。卓球の仲間が誘ってくれた週に1回の輪なげの会や週に2回公園でのラジオ体操にも参加するようになり、人との出会いがさらに広がって大きくなり、3,000歩だった歩数が1万歩程に増えました。
また、ずっと続けている野菜づくりも家族が喜んで食べてくれるのですが、集まりの場に持っていくと、さらに多くの人にふれてもらえて、反応が返ってくるのが嬉しく、味はどうか、今度はどうしようかと、わくわくし、やりがいや楽しみにつながっています。
40代では腎臓を1つ摘出したり、痔の手術をしたり、心臓の治療をしたりと健康体とは言えませんでしたが、現在大病もなく、体の不自由もなく、補助なしで生活が出来ています。
卓球にどれくらいの影響があったのかは、はっきりとは分かりませんが、充実感や楽しさが増えたのははっきり実感しています。
家族からは気付くと家にいないと笑われることもしばしばです。
〔佳作〕生きがい部門
生きがいの実践 那須烏山市 倭文 威夫様(95歳)
生きることの喜びを、生きがいが育ててくれる。私は生きがいを育てることを目指し、気力を軸とし、知力・体力を支えとして実践している。
知力の面では、感動を与えてくれた偉人の生き様を書いた本を読み、その境地に浸っている。できればその片鱗でも、自分なりに自分の生活の中に取り入れたいと思っている。
自分のことを一番よく知っているのは本人である。身体の変調に気づき、速やかに対応できる知識を持つことは必要不可欠である。
本棚に備えてある家庭医学書を度々読んでいるが、身体の保持と同時にボケ予防にもなっている。
私の趣味のひとつに絵画と書道の鑑賞と実技がある。趣味を持つことは長生きの手段である。繰り返し実践することが生きがいの原動力となっていることに気づいてきた。
体力の面では、定期的に医師の診察を受けることは当然のことであるが、ほかに、毎週木曜日に介護サービスを受けている。その施設の日課のひとつであるリハビリを職員の指示により実施している。
私の体力の弱い部分に焦点をあてて組み立てられたリハビリは効力があるので、デイサービス当日だけで終わることなく、以外の日でも参考にして実施している。
その他、健康の保持増進に関係する運動を無理をしない程度で、毎朝行っている散歩の後に実施している。何をするのにも継続が大切であるが、体力をつけるうえで特に要求される。
知力、体力の実践が生きがいの要素であることに自信を持つことができた。今後更に工夫し、生きがいを育てる目標達成に励もうと思っている。
〔佳作〕生きがい部門
生きがいに趣味を選んで健康づくり 那須烏山市 平野 勝夫様(78歳)
会社員生活を定年退職し、ご縁があって自分の出身地ではない烏山町に終の棲家を定め、第二の人生をスタートさせました。
地域の行事への参加などを模索しつつもなかなか自分の行動の方向づけも出来ずにおりました。そんな中、誘われて詩吟の会に入会することになり全く初めて詩吟に接することになりました。会の趣旨、和歌「よき友にまじはりてこそおのずから 人のこころも高くなりけれ」を全員で朗詠をして始まる教室でした。知人僅か1名の当地の自分にとって良き友をつくれる詩吟の会は、なんともうれしく思われ毎週の教室を楽しみにする生活が始まりました。
腹式呼吸を意識して高らかに発声し詠うことはストレスを寄せ付けず教室が楽しく体調は健康そのものとなっていきました。
40数年前の学生時代に接した「唐詩選」を改めて購入、あらためて当時の想いを楽しみました。毎年行われる流統の審査会に向けての勉強、大会出演の勉強と新しい漢詩を学ぶのもハードながらも楽しいものです。教室のメンバーとも良き友のお付き合いも深まりました。学んだ漢詩の背景、往事の出来事などを自分の眼で確かめながら詩文の理解を深める為、先ずは身近な水戸市に「弘道館に梅花を賞す」の弘道館をメンバーと訪れ、「水戸八景」の各地も体感しました。福島県に飯盛山を尋ね隊士墓前にて「白虎隊」漢詩を吟詠奉納しました。平泉中尊寺にては千田貫主(日光出身)にご案内いただき金色堂正面にて「平泉懐古」をご一緒に奉納吟詠出来ました。教室メンバーにて漢詩所縁の地を旅するなかで更にメンバー同士の結びつき、懇親が深まり「よき友」が生まれ生活に充実感が深まりこれに伴い健康状態もすこぶる好調に過ごしております。
栃木県芸術祭等の大会の舞台にて緊張感を持って詠うこともリタイヤ後の生活の中では得難い経験を持続でき、精神面での衰えを防ぐ有効な力となっております。吟詠を学ぶ中で今まで知らずにいた多くの我が国の先人、漱石、啄木、良寛、乃木希典、新島襄、等々の漢詩を初めて詠い健康な身体こそが新しい知識を吸収でき、老化を防ぐ源となることを信じ、これからも「よき友」と共に吟詠を続けて行きます。




平成27年度 受賞作品
〔最優秀作品賞〕生きがいづくり部門
「ボランティアを楽しむ」 宇都宮市 伊藤 芳昌様(75歳)
私は脳内出血により左半身が麻痺し、ろくに歩けない。どこに行くにも妻の力を借りなければならなくて、週3日デイケアに通っている。たから「健康づくり体験談」に応募資格がないのかもしれない。しかし私はボランティアで健康づくりしている。
二つの民話の会に入り民話で主にデイサービスを回り、地元小学校の読み聞かせの活動をしている。平均月3~4回やっている。既に十年三百回以上になろうか。
なぜボランティアか。脳卒中で全く声が出なくなってしまい、医者から訓練次第と言われ、猛訓練をして半年で回復した時にできることが民話語りであった。リハビリを兼ねてだったが、もともと「好き」だったからだろう。大学時代に幼稚園で毎日のように紙芝居をやっていたし、定年退職後も小学校で週2回やっていた。「ボランティア」を知ったのは県のシルバー大学に入ってからだ。
はじめはろれつが回らなかったが次第に慣れた。なんとか語れるようになると嬉しくて妻に催促し始めた。
語れるのがいい。語っている時がいい。子供達の顔を見るのが良い。施設利用の高齢者がアンコールを求めてくるのがいい。
子供達が元気をくれる。同じ高齢者の声援を受けるとまた来るぞと練習にも力が入る。
今ではボランティアが生きがいだ。ボランティアが楽しい。私の健康の源だ。
私は健康づくりには生きがいが欠かせないと思う。健康体操も生きることにつながると思うからやるのではないか。その意味でなんでもいいから明日につながることをやれば良いと思う。
私は癌も抱える。前立腺の全摘が叶わなかったのに術後もう16年になり医者も驚く。
今の私は、勿論年相応の体力の衰えを痛感するが、カレンダーはほぼ毎日黒くなっている。半分はデイケアや定期健診であるが、民話語りや読み聞かせが入り、市の福祉センターの講座の水墨画まである。下手でもいい。座ってできることならなんでもいい。やれることをやるのだ。暇を見ては野菜作りまでやっている。そして食べきれないものは私の野菜外交だとして隣近所に配っている。
杖をつき妻に支えられて歩く姿は決して格好いいものではないが、恥ずかしがっていてはどこにも行けない。それこそ惨めだから、妻が一緒ならば私はなりふりかまわずどこでも行く。
行けば誰かと話ができる。仲間ができてコミュニケーションがはかれて頑張れる。家に引きこもって老いをかこちながらテレビを見ているよりはるかにいいのではないか。
今朝も雨の中を読み聞かせに行ってきた。
ボランティア万歳だ。
Dr.前原のワンポイントチェック!
脳内出血で左半身麻痺になっても、生きがいを求めて、健康づくりをしている伊藤さん。ボランティアでリハビリをかねて民話語りを子供達や施設の高齢者にしています。また前立腺癌の手術をした後にも、水墨画の講座を受けたり野菜作りをしている様子は、たとえ障害を持っても生き生きと暮らしている姿がすばらしい。
〔優秀作品賞〕運動部門
継続は力なり 塩谷町 小野﨑 千鶴子様(77歳)
退職して時間的にゆとりが出来た時の平成15年度健康づくり教室(町主催)に参加したことがきっかけで運動への関心が高まりました。体力測定から、万歩計をつけて毎日の歩数の記録、血圧測定の数値の記録から評価。
それ以来、万歩計は身体の一部に、そして血圧も早朝に測定して一日が始まります。一ヶ月の歩数を合計し、年間の歩数から全国1周を地図上で夢みています。
その後、プール教室・ボール教室等にも参加しています。
骨密度検査は町の健診では節目の年が対象のため、オプションで毎年、実施しています。
65歳の時の測定値は退職時よりも年齢的にも低下していて予測どおりの結果でした。
そこで3年間で退職時の数値にアップさせること目標に食生活は勿論のこと運動の継続(ウォーキング)に期待しました。
その結果、3年後の検査で退職時の数値までにアップし、継続は力なりの実践効果です。
それ以降、数値はコンスタントに維持されています。
筋力をつけることで、血流を良くして骨粗鬆症を予防できることが確認出来ました。
町の骨粗鬆症予防教室に実績を提供し、年だからと諦めない発想転換に協力しています。
それに、運転免許を取得してなかったことが、健康づくりに役に立っています。
例えば、バス待ちの時間に時計を見ながら2-3のバス停を歩きますが、これは貯金ではなくて「貯筋」です。
駅でも同じで待ち時間にホームの端から端までを何回か歩いたり、駅のエレベーターやエスカレーターを使用したことがありません。
1日に用事を済ませるにも、何回かに分けて、時間配分しています。
駐在さんには徘徊でないことを自己申告すると防犯関係で顔なじみのため、徘徊の人の歩き方とは違うからと励まされています。
一方では3年前から老人クラブのウォーキングクラブに入会し、月1回6~7キロのウォーキング、10年前に立ちあげた防犯パトロールの学童の見守りとウォーキングの一石二鳥のボランティアを継続しています。
運動の効果だけでなくボランティア活動により地域の人達との交流が深まり、顔見知りが増えたことが生きがいにつながっています。
気がついたら喜寿を過ぎた独居老人ですが強がりではなく、淋しいどころか楽しいです。
又、一人旅が好きでハイキング出来る方面を計画し駅のコインロッカーに荷物を入れ身軽なスタイルで行動開始がパターンです。
健康であることに感謝し、そして健康は地域社会への恩返し、子孫へのプレゼントではないのでしょうか。
私のモットーは「無理なく、無駄なく、無為でなく」の三無主義です。
Dr.前原のワンポイントチェック!
健康づくり教室に参加したのをきっかけに、万歩計をつけて毎日歩数の記録や血圧測定、その後プール教室やボール教室にも参加しています。骨密度検査をして骨粗鬆症予防教室に実績を提供するなど骨折予防にも心がけています。またボランティア活動により地域の人達との交流に励んでいます。まさに継続は力なりです。
〔優秀作品賞〕食事部門
健康は食から 宇都宮市 松本 房子様(79歳)
私は79歳の後期高齢者です。
食育に出会ったのは、無我夢中で働きづめの毎日を食事も身体も気にかけずにいたため体調を崩したのがきっかけでした。仕事から離れざるを得なくなった私は、毎日途方に暮れていましたが、そんな中、宇都宮市の健康づくり推進員・食生活改善推進員の講座に目を止めたのです。そして一歩踏み出そうかと入会を決めました。講座は運動、食育、生きがいの三つを受講しましたが、中でも食育の講座は今では当たり前として受け止められますが、当時十年前の私には食に対する知識などゼロに近い食生活を送っていたのだと驚きました。野菜350g、塩分(男性一日9g、女性7.5g)、BMIなど耳慣れない言葉などで戸惑いましたが、受講をして自宅の味噌汁の塩分過剰を知った時は、ガクンとしました。このような食生活をしてきたものですから、血圧もコレステロールも高め、この為投薬のお世話になりきった食生活を送っていたのでした。でも、今では薬にさよなら、家族も塩分控えめの食事に慣れ、健康は食からと自覚して参りました。
過去は過去とし満たされる満腹感だけを味わう食生活を過ごしてきましたが、今では野菜、塩分、カロリーとバランスのとれた食事に心がけています。衣食住の大切さはやっぱり食が一番かなと・・・。体は食が原点なのですね。
自分の身体は自分で守る、それは家族の幸せに繋がる第一歩、食の講座で学んだことで身体を変えられることができたことに感謝です。
Dr.前原のワンポイントチェック!
運動、食育、生きがいの講座を受講され、ご自宅の味噌汁の塩分過剰を知り、愕然としました。血圧やコレステロールが高めでクスリを飲んでいましたが、食事に気をつけることで、クスリをやめることが出来ました。健康は食からと自覚して、野菜、塩分、カロリー等に注意し、バランスのとれた食事に心がけています。自分の体は自分で守るです。
〔優秀作品賞〕生きがいづくり部門
生きがいに関する健康法とその効果 小山市 吉田 喜代士様(87歳)
私は小山市在住で87歳の独居老人です。妻は老健に入所中でやむなく一人暮らしと言う訳です。このようなケースは近年の高齢者生活のひとつの縮図かもしれません。
さて、今回のテーマの中で生きがいに関する健康法とその効果について、私が体験し、今も実行していることを発表させていただきます。
一つ目は歌う健康法です。十数年前、肺気腫と不整脈で苦しんでいました。医師から呼吸器のリハビリのため腹式呼吸法として歌うことと歩くことを勧められました。これが私の場合詩吟であったりカラオケだったのです。
発病当時は、2階に上がるのも息切れで大変でした。それから歌って歩くことや十数年、息切れと不整脈は次第に改善され、歩行距離も伸びて現在は普通の生活に戻っています。歩く効果と相まって、歌う効果をつくづく実感しているところです。
カラオケは毎週1回、長寿会で大声を張り上げ歌って笑って楽しんでいます。継続は力なり、と言いますが、何事も続けることが大事なのですね。
次に生きがいにしているのが俳句です。
まだまだ、初心者です。そもそも俳句に関心を持ったのは、公園を散歩中、園内の片隅に凜と咲いている梅の花に出会ったのです。この美しさに足を止めて、只々見入るばかりでした。その感動を俳句に詠めればなぁ、と思いつつ、その場を去りました。俳句に何の知識もないし、年齢も年齢だし、と迷っているときでした。ケアマネさんから、「栃木県に有名な詩人がいるのですよ」と柴田トヨさんのことを紹介されました。90歳で詩作をはじめられ、98歳で『くじけないで』の詩集を発表され102歳まで活躍されたことを知りました。そのことに背中を押され改めて俳句に挑戦する気になったのです。今はNHKの俳句講座で目下勉強中です。
ところで、人は身体機能の低下は避けられないが体も脳も努力次第では先延ばしが可能と言われています。では、どのようにすれば、脳を活性化することができるのでしょうか。抽象的ですが、まず生きがいにしていることに夢中になることで心にはりあいと生きるための目標を持つことでしょう。それが脳に良い刺激となって活性化に繋がるものと思うのです。
私は第2の生きがいが、たまたま俳句になったという訳です。初心者でも一句読めた時の感動と達成感は一入で大いに脳の刺激になっているのです。
要するに、健康づくりには運動と食事は直接的に、生きがいは間接的にかかわっているものと考えます。それぞれに役割を持っていますが、三本の矢が揃って初めて総合効果を生むものと思っています。私は口で歌って、心で詠むことが、生きがいによる健康法と信じています。心に太陽、唇に歌を、と言うではありませんか。
Dr.前原のワンポイントチェック!
肺気腫と不整脈で苦しんでいた吉田さん。呼吸器リハビリを兼ねた健康法として歌うことを始めました。詩吟やカラオケをすることで、息切れや不整脈が改善し歌う効果を実感されています。また第二の生きがいとして俳句を詠んでいます。健康づくりには運動と食事が直接的に役立つが、更に二つの生きがいを持つことで、健康を維持されている。
〔佳作〕運動部門
今がしあわせ84歳 塩谷町 石塚 ミヤ子様(84歳)
私の住む塩谷町は、北に高原山・那須連山を、西に日光連山を望む自然豊かな町です。
高原山のふところには、日本湧水百選の一つ「尚仁沢湧水」があります。私のお気に入りの散歩コースは、この尚仁沢の流れを集めた荒川沿いの大平崎公園です。春は桜、つつじ、夏はアジサイ、秋は彼岸花、紅葉と四季を通じてとても心いやされる場所です。毎日この公園の中の道を50分間歩きます。公園の中の道は上りあり、下りありですが、なるべく早足で歩くようにしています。
日頃の生活では、銀行や郵便局も自分で行って手続きをします。家からは往復3キロメートルくらいありますが、もちろん歩きます。高齢者学級で学んだ体操も欠かさずやります。お風呂に入って首の運動をします。ゆっくりと右に左に曲げて10回、前にも10回です。後ろはやりません。高齢者学級で後ろに曲げるのは、首の骨によくないと学びました。次に足首の曲げ伸ばしを30回やります。足の手入れも気を使います。私の足の裏はつるつるです。ヒビやマメはありません。かかとを軽石やたわしでこすっていたこともありますが、そのようなことをやると、脂が落ちすぎてかえってカサカサになるので、私は夏でもアロエの入ったクリームを足の裏に塗ります。顔はあまり塗りません。靴下も5本指のものを愛用しています。足の調子がいいと、散歩も家事もルンルンでこなせます。
私が結婚したのは昭和24年です。高度成長に向かつて、日本が走り出したころです。嫁いだ先は縄工場でした。私は車の免許を取り、3トントラックで、東京・千葉・鹿沼等材料の調達や製品の納品のため走り回りました。近所でも仕事先でも「女運転」と、名をはせていました。その後時代とともに、家業は縄工場から設備関係の仕事に移りました。晩年は、第一線を退き、ひ孫のお守りやグランドゴルフなどをやってきましたが、車の運転は79歳までやりました。優良ドライバで40年表彰ももらいました。視力が衰えたのをきっかけにきっぱりと運転をやめました。 今はなるべく人に頼らなくて済むように、そして、家族に迷惑を掛けないように心がけています。散歩のときも、事故に会わないように交通ルールを守り、目立つ服装で出かけます。しかし、長い間生きていると色々つらいこともありました。頼りにしていた長男のお嫁さんに先に逝かれてしまったことも、大きな悲しみですが、なるべく毎日を前向きに生きたいと思っています。
〔佳作〕運動部門
暮らしの中の運動 宇都宮市 岸 伸輔様(75歳)
女性が長生きする要因に「家事と買い物」があるという。家事は体を動かすので自然に運動になるのだろう。買い物は品物を選ぶことに集中するので気分転換になるのだろう。
私も家事は運動になると思うので積極的にやるようになった。ただし、料理はやらない。私がわがままだからだ。妻の料理がおいしいからもあるだろう。
なお、妻は足を3回骨折しており、家事は私がやらざるを得なかったという側面もあった。
次に、家事以外で体のためになっていると思うものを挙げてみる。
一つ目は「ラジオ体操」。1回の放送は10分間で1日に3回ある。第一放送の6時半、第二放送の8時40分、同じく15時。ただし、日曜日は6時半のみ。6時半の体操は妻と一緒に「宇都宮城址公園」で約40人の仲間とやる。8時40分は自宅でやり、15時については外出していたり、忘れていたりでほとんどやらない。
2つ目は「朝湯」。5時頃に入って、両手で全身をマッサージする。約30分間入る。新陳代謝がなされ、何よりも気持ちいい。
3つ目は市の保健センターの「ストレッチ体操」。1回40分を月に2回、妻と一緒にやっている。ストレッチ体操はラジオ体操と共通点がある。普段動かさないところを動かす。終わったあとはスッキリし、体が軽くなったような気がする。
なお、ここは9階にあるが私はエレベーターを使わず、階段を上り下りする。また、ここへは天気の日は自転車で来て、雨の日は約30分かけて歩いてくる。そのときも階段を上る。
4つ目はエレベーターやエスカレーターは使わず階段を使う。
例えば市役所14階の大会議室で講演があるが、夏は汗をふくタオルを持って階段を上る。約7分でゆっくり上れる。
5つ目は「自転車の活用」。自動車はあまり使わず、自転車で一時間くらいでいけるならどこへでも行く。
例えば「市立美術館」。自宅は市役所の南にあり、美術館への坂道までは約40分で着くが、最奥の駐輪所までは20分以上かかる。ギア付きの自転車でなければ登れない。
夏は着替えの上・下のシャツを持参し、トイレで着替えてから鑑賞する。
なお、江戸時代の旅人は1日に40キロ歩いたという。それを思えば、14階の階段も、美術館の坂道も上れる。
これらの運動で風邪を引かなくなり、医者にもかからなくなったが、大本は妻のバランスのとれた食事にある。
私はいま人生が楽しいので、「健康寿命」を長く続けていきたい。
〔佳作〕食事部門
私の健康づくり 宇都宮市 星 紀昭様(75歳)
小学生のころから健康であることが何をするにしても大切だと考えてきた。小学校は三日欠席、中学校は一日欠席、高校は欠席遅刻早退なしの皆勤だった。今でも小中学校の皆勤未達成は残念でならない。大学卒後就職し病気で休暇をとったのは虫垂突起炎の入院手術で一週間程度の病休のみだった。三十七年間勤め、定年退職して十五年の現在まで入院なし。在職中毎年成人病検診、その後生活習慣病検診を受診したが、小さなものはあったが、入院手術をするような病気にかかっていないのは幸せだし、常に健康が維持できるように努力をしたからだと思うし、両親から健康な体に生み育ててくれたことに感謝している。最近は「人間ドック」で胃炎や縁内障が指摘され、眼科は月一回通院し診察や検査を受けているが、進行していないので上手につきあっていきたいと思っている。もう1つは歯科通院を一カ月一回で歯の掃除などをしているのはやむを得ないと考えている。健康維持のために実行してきたこと、現在も実行していることは、バランスの良い食事、一日三食を一定の時刻に摂る、かむのを多くする、歯磨きを毎食後する、忙しくも一定時間食休みをする、無理をせず適度な運動の継続実行、(退職後は一時間のウォーキング継続中)、精神的にくよくよしないで、切り替えを早くする、快食、快眠、快便を維持できるように努力していきたいと思う。
今後は、多くの先輩や成功者の経験談を聞くこと、長寿者の成功例を本で読んだり、聞いたりして自分に取り入れられるものは実行していきたい。
先日、下野新聞健康講座を受講した。順天堂大学医学部名誉教授の山城雄一郎先生は人間の腸内には100兆個の細菌がいて、善玉菌のビフィズス菌は、免疫力に大いに関係しており、その数は60代は50%に、80代では5%しか生存できないという。腸内環境を整え、細菌やウィルスに対して防御できる体を維持することの要性を説いた。腸の細菌のバランスを崩す原因は、偏った食事、過食、飲み過ぎ、他に薬やストレス、過労などがあると注意された。それには乳酸菌の飲用が大腸菌抑制効果があるという。同じく講師のフリーアナウンサーの生島ヒロシ氏は健康維持には運動や快眠などが大切だが、歯の噛み合わせに留意すべきだという。歯口力が老化と病気を防ぐからもっと口腔内に気を使うべきだと話した。特に簡単にできる健康体操を紹介してくれ、多くを学んだ。
今後は、江戸時代の儒教者佐藤一斎の「養生のこころがけは、ただ節度を守り、過度にならないこと」を頭に入れ、健康寿命を伸ばす生き方を実践していきたいと思う。
〔佳作〕食事部門
我が家の健康法「ゴーヤ茶、ゴーヤ手作りドレッシング漬け」の食用 宇都宮市 髙木 武夫様(78歳)
長寿者の多い高齢者の元気なことで有名な沖縄の健康野菜、ゴーヤの効能や食べ方等の情報を収集整理し、作り始めた我が家の敷地内ゴーヤの棚栽培は10年が過ぎ、我が家のゴーヤレシピは自治会の回覧等により広く紹介され、地域の話題となりゴーヤの関心は年々高まっております。
毎日飲むゴーヤ茶は、①月形にスライスし、日当たり良い場所でカラカラになるまで乾かし小袋に入れ保存。乾かし保存したゴーヤはフライパンを熱し、から妙り、粉茶にします。②年間必要なゴーヤは月形にスライスし、熱湯でさっと湯がき冷水に浸して水を切り冷凍保存します。冷凍保存したゴーヤは解凍し手 作りドレッシング漬け等にして年間食べているほか、③冷凍保存したゴーヤは解凍し、佃煮、ジュース、炒め物等に調理しています。また、④収穫期の生ゴーヤは良く洗って、スライス、好みの味で食べる生食ゴーヤは優れた効能があり、我が家は酢・醤油・オリーブオイルに、かつお節を混ぜたゴーヤ手作りドレッシング漬けが大変好評で、ゴーヤレシピを添えて皆さんに勧めております。
ゴ―ヤの苦み成分のチャランチンを始め、ペクチンやカリウム等が含まれているほか、加熱しても壊れにくいビタミンC等、健康に良い成分が多く含まれ、ゴーヤの優れた効能は多いと、情報誌等は整理している。私78歳、妻75歳となりましたが、ゴーヤを始め野菜栽培に要する農作業時聞は長く、暑くても早朝から働き、地域の社会奉仕活動等にも参加できるのも、①収穫期のゴーヤは生で食べている②ゴーヤ茶・生姜茶を作り飲んでいる③年間必要なゴーヤは冷凍保存し、その都度調理してゴーヤ手作りドレッシシグ漬け等にして食べていることにより、手足の冷え性の改善や快便等、健康食ゴーヤの効果は極めて大きいものと感じております。
今後も年間必要なゴーヤは敷地内の棚栽培面積約200m²、収穫本数 2,000本を目標に、ほかの野菜と併せた自家栽培は継続し、地域の交流や社会奉仕活動にも積極的に参加し、健康食材ゴーヤの効能等の情報を、多くの方に知って頂きたいと考えております。
〔佳作〕生きがいづくり部門
76歳のヘレンケラー 真岡市 広瀬 ミツヱ様(81歳)
私には胃袋がない。歯もオール義歯である。耳にはスウェーデン製の補聴器が入っている。ヘレンケラーの耳口目の三無をもじって夫は「76歳のヘレンケラーだね。」と笑った。今私は81歳、なぜ76歳かと言えば、その年に夫は急性心筋梗塞で帰らぬ人となってしまったからである。
胃がないから少食で太れず体重は38キロ、やせこけたおばあさんである。その私が北アルプス南アルプスと三千メートル級の山を楽しんでいる。
皆が花嫁修業に励んだ時代の若き日、私はワンゲルの友人に誘われて山にはまった。その時代、子供を持つ女が山に行くなどは許されるものではなかった。私は決心した。50過ぎたら山三昧の日を送るのだと。
その日が近付いた頃、夫は大腸ポリープで入院し、心配の余り私は胃潰瘍となり、胃全部摘出になってしまったのだ。50キロの体重は35キロ、強風にあおられてしまうのだ。
「3年たったら北アルプス」を念じて私の取った生活は以下のようである。
〇パジャマで過ごさない、着替えてお化粧もする。
〇1日3000歩必ず歩く。
〇食事は赤緑白黄黒、5色を1日の中で取る。
〇ひと口、50回噛む
始めの2年は、ご飯は盃一杯である。いきなり腸に入っていくのだから腸が受け付けない。50回噛むのはそのためである。食後苦しくて何度も町をさまよったろう。よくも夫は同行してくれたものだ。
退院後一ヶ月で、無謀とも思われたが、軽いハイキングに出かけたら坂道も普通に歩けた。そして気付いたのは、食後歩いていると徐々に食べた物が下がっていくという感覚である。無論しばし休息を取ってからである。
この一ヶ月間、自分も家族もひたすらいたわることのみに明け暮れ、毎食後は必ず30分以上横になっていたのだ。その生活は、少しずつ変わり、行動する普通の生活になっていった。
だが少食は変わらない。だから良い食材でなければいけない。親戚の農家のおばあちゃんに頼んで農業を始めた。ごぼう以外は殆ど作った。これは、私の力では抜けないから。
無農薬の野菜、5色の食事、毎日のウォーキング、これによって、70代でも槍ヶ岳、北岳、御嶽山など登っている。
「3年たったら北アルプス」が「30年たっても北アルプス」この生きがいあってこそ、81歳のヘレンケラーは、頑張っているんじゃない、楽しんでいるのだ。
〔佳作〕生きがいづくり部門
生きる 塩谷町 矢部 一雄様(78歳)
私にとっての「生きる」ということは、毎日の生活を「おもしろく」過ごしていくことです。「おもしろく」という意味は、ただ単に「楽に」とか「苦労しないで」ということではなく、強いて言えば「真剣にやる」ということです。食事や運動は、面白く生きるための手段だと思います。
食事もイヤイヤ食べたり仕方なしに食べるのでは、滋養にならないと思っています。高齢になると少食になりがちですが、私は1日3回規則正しく食べます。動物性のものは控えて、植物性のものを多めに食べます。甘いものも食べたい時がありますが、食事と一緒に食べて間食はしません。
高校生までは野球少年、社会人となってからはソフトボール、仕事を引退してからはグランドゴルフをやっています。グランドゴルフは週に4~7回やっています。指導者の資格も取りました。運動も心から楽しめるものでなければ続かないと思います。私も自分で続けられるものを探してきました。その結果、毎朝の散歩30分、グランドゴルフ、カラオケの毎日となりました。
そのほか、シルバー人材センターにも登録しています。網戸・障子・襖貼りなど、やったことのないことに挑戦しました。自分がどのくらいのことができるかなと、楽しみながらやってきました。でもお金をいただくのですから、それこそ真剣です。シルバー人材センターの仕事は、自分のため3割、人(社会)のため7割だと思っています。趣味も仕事も両方頑張り、多忙ではありますが、楽しい毎日です。現役時代は運送業をやっていまいた。お金をもらいながら日本全国を旅していたような感覚でした。おもしろく(真剣に)仕事をしていると、お金もついてくる。イヤイヤやると失敗する。お金はついてこない。私の持論です。仕事も娯楽もボランティアもおもしろくやれば、結果はついてきます。
今の私は、これまで私を生きさせてくれた社会に、恩返しをしたいと思っています。それができるには健康でいることが肝心です。おもしろく社会貢献ができる毎日が続くことが、私の「生きる」です。




平成26年度 受賞作品
スポーツと触れ合い 宇都宮市 永井 光二様(76歳)
健康の秘訣は何だろう-と改めて振り返ってみますと、私の場合はスポーツと地域の人々との触れ合いに行き着きます。これがなかったら、きっと引きこもりになっていたでしょう。
スポーツは、40年近くになるテニスで、現在は週に1回になってしまいましたが、テニスクラブに行きコーチについて汗を流しています。仲間がまたすばらしい。始めたころからほとんど変わりなく、同年代の方々の上に様々な経歴の持ち主であることから、困った時には気さくに相談に乗っていただけるのも心強いです。それにも増して、年に1回の海外か国内旅行に始まり、サクラが咲いたと言っては花見、暑いと言っては暑気払い、忘年会、新年会と楽しい日々が続いています。
それ以外の日は何をしているの。一つには週のうちの4日間は、私の地元を拠点に農村地域の環境を守る活動しているNPO法人に請われて、事務や催し物の開催のお手伝いをしています。県によって整備された土水路でのボランティアによる草刈りやごみ拾い、年間を通じての田んぼの学校の開講などを通じて、こどもからお年寄りまで、地元から都市部の人まで多くの方と触れ合い、別れ際には「次回も参加して下さい。」と絆を深めています。
二つには母校の小学校に月に1回ですが絵本の読み聞かせに行ったり、下校時の際に児童の安全な帰宅を街頭で見送ったりしています。孫のような子に大きな声で挨拶をもらうのはとても励みになります。
あとは割愛しますが、こうして振り返ってみると、身体を動かすことと多くの人との触れ合いが、肉体的にも精神的にも健康を維持する上でいかに大切なことかと痛感し、今後も続けていきたいと思っています。
最後になりましたが、こうしたことが出来るのも妻の理解があったからこそです。お礼申し上げます。
Dr.前原のワンポイントチェック!
健康の秘訣を、スポーツとしてはテニスを40年も続けている事と地域の人々との触れ合い、と考えて日々を過ごしていらっしゃいます。草刈りやごみ拾い等のボランティア活動や孫のような小学生への絵本の読み聞かせなどを通じての活動など、楽しく過ごされている様子がうまくまとめられています。
私の健康法 宇都宮市 土屋 為良様(88歳)
私は今年4月で88歳になり、僥倖にも米寿祝に、内閣総理大臣から叙勲され、瑞宝双光章を頂戴し感涙している。
さて、私の健康法の第一は常時体を動かすことに心がけていることである。例えば、月水木金土曜日の半日は、グランドゴルフやパークゴルフで、ボールを追って2千歩から3千歩位歩き、プレー仲間と談笑したりと楽しく過ごしている。又、家にいるときは坪庭の菜園の手入れ・草取り・垣根や庭木の刈込み・鉢植えの花や盆栽いじりと少しもじっとしていない。いやいられないのが本音かも。更には竹工芸を楽しんでもいて、これは想像以上に手先の細やかな動きが要求され、時には工程の都合で夜なべまでするといった具合で割合に気力体力が要求され苦労もしている。
さて、その出来栄えの程は…気にしない気にしない!
次に第二の健康法としては、病気の早期発見・早期治療に心がけている。体調の不具合や痛みなど少しでも感じたら、恥じず、迷わず医者に診てもらうようにしている。その為か今迄に大病に苦しめられることもなくてすんだし、今年5月に腸閉塞を患ったが1か月程の治療ですんでホッとしている。
第三の健康法としては、薬草の煎じ汁の常用である。庭先に生いたドクダミやゲンノショウコ、アマチャズル、イカリソウなどを影干しして一あぶりしたものに、市販のキハダの皮、更に沖縄から取り寄せた「諸々まじり薬草」を一緒にして、家内がじっくりと煎じた汁を朝食後に1~2杯、午後の休みにも2~3杯とお茶代りに飲んでいるが、これはもう40年以上続けて来ていて、その効果を信じて感謝もしている。
以上私の健康づくりの主なものを挙げたが、一般的な、食事は腹八分目とか、野菜を多く、肉魚を少なくとか、減塩・少糖、早寝早起き、小事にくよくよしない・生活のリズムを崩さない、などなど一般的な事にも心がけている。
Dr.前原のワンポイントチェック!
健康法の第一を、「常時体を動かすこと」とされて、グランドゴルフや坪庭の菜園の手入れなど、少しもじっとしていられないご本人の性格がうかがわれます。第二の健康法として、病気の早期発見に心がけているのは、かかりつけ医の協力があるものと思います。薬草の常用を第三の健康法とされておりますが、これは長い人生から学んだ知恵と言えるでしょう。
私の健康づくり 宇都宮市 菊地 昌子様(80歳)
「さあ始めよう」と気合を入れて両手、両足を思いっきり上下に伸ばす。これが一日の始まりです。
毎朝五時前後に目が覚めると寝床で体操をするのが私の日課である。その後、膝の屈伸、横向きになって片足上げを左右百回づつやり、仰向けになって自転車こぎを三百回、舌の運動、健口体操、手足の指のマッサージをして起きあがり、今度はベッドに座って全身のストレッチ、ラジオ体操、足のあげ伸ばし、腕の運動をする。ここが痛いときにはこんな運動をするといいなどと聞いたり読んだりするとすぐに付け加えてしまうのでどんどん増えてしまい、約一時間はたっぷりかかる。全身がしっとりと汗を掻くと足腰が痛くてもトイレに歩いて行けるようになる。昼間も腰が痛くて座っているのが辛いので、ついつい横になってしまうので夕方立ちあがるとよたよたしてしまう。そこで寝転んで体操を始める。約1時間朝と同じ体操をやってやっと夕食の準備にかかることができるようになる。
関節リューマチで足・腰・腕が常にしびれるようなビリビリした痛みがあり手の動かし方によっては肘に激痛が走るので、マッサージをするのも一苦労である。
こんなに痛いのをがまんしながら毎日こんなに時間をかけて体を動かして、はたして効果はあるのだろうか、痛い所を無理して動かして体に悪い影響はないのだろうか、いや毎日体操をしているからこそ、この程度で何とか日常生活ができる状態でいられるのだろう。
右足付根の痛みが薄らいだのは毎日の体操の利き目が現れたのだろうか等々自問自答を繰り返しつつ、痛いからといって動かさないでいると体が固まってしまって動かなってしまうのではないかと、それが怖くて毎日毎日体操を続けています。私の健康づくりの源と信じて。
Dr.前原のワンポイントチェック!
朝と夕方に一時間の体操をなさっている。正解です。動かないでいると体が固まってしまいます。運動器の障害のために移動機能の低下をきたした状態を「ロコモティブシンドローム(略称:ロコモ、和名:運動器症候群)」といいます。進行すると介護が必要になるリスクが高くなります。健康づくりを続けて下さい。
私の健康法 宇都宮市 三谷 正幸様(89歳)
私は今年89歳になります。大正14年生まれなので昭和の年号と歳が同じなので分かりやすかった。
私の健康法は、食事、運動、気持の持ちようです。子供の頃は腺病質で、風邪は終始引いており、大腸カタルを2度治療しました。終戦になり食物が限られた時は、さつま芋、じゃがいも、雑穀類の食事のため消化器官はだいぶ良くなりました。しかし、よいことばかりなく、昭和33年頃になり、食事も思う存分食べられるようになると仕事の関係もありましたが、毎日夜おそく酒を飲むことが多くなり、その後には十二指腸潰瘍で入院し、1ヶ月後退院しました。その当時の手術には輸血がかかせず、血清肝炎になりその治療で時間を過ごしましたが、女房もこのままでは50歳まで生きられないと云い、食事の改良を始めました。それまでの肉食、脂肪分の多いもの消化の悪いものは、残らず退けました。塩分の取りすぎには、食卓には塩・しょうゆ等をおかず、一例ですが肝臓にはしじみが良いといえば1週間3~4度しじみ汁の出るという極端な食事療法をしましたので消化器の病気も一時良くなりましたが、15年前にC型肝炎との診断を受けたのを機会に、酒、タバコを止め、病院では3ヶ月に1回CT、血液検査もし、2回程肝臓に小さいがんができましたが、ラジオ波で初期治療ができました。これも体に気をつけている証拠と思っています。
又運動は66歳の時に車の免許証を返納しもっぱら歩くことを心がけましたので、体力もつき、毎日元気で歩いています。
又気持ちの持ちようは、私の信じる浄土真宗の親鸞聖人の教えにより、余りくよくよせずに、仏様を信じるために念仏などをあげています。
兄弟3人が60歳前後にがんで亡くなったこともあり、3人が同じような食事をしていたようでもあり、40前後に食事を変えたことが一番良かったと思います。
Dr.前原のワンポイントチェック!
食事、運動、気持ちの持ちようが私の健康法とのこと、正にその通りです。十二指腸潰瘍の手術をされ、C型肝炎、肝臓に小さながんができ、ラジオ波で治療されたとのこと。しかし余りくよくよせずにすごされている様子がわかり安心しました。

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